真福寺(末吉不動) <横浜市鶴見区>

鶴見区北部の石仏巡りで横浜市鶴見区上末吉の真福寺(末吉不動)を訪れた。再訪。

新編武蔵風土記稿による真福寺の縁起
(上末吉村)不動堂
小名根畑にあり、石階四十八級をのぼりてまた十五級をよちて仁王門にいたる、ここより又四十級をのぼりて堂前にいたる四間に五間、本尊長六尺なるを安ず。左右に矜羯羅勢多伽八大童子の木像あり共に長三尺餘、此本尊の胎中に慈覺大師の刻める像をこめをけりと相傳ふ、淳和天皇の御宇大同年中疫病大に行はれし時、祈念の爲大師勅を蒙り、山後の杉の木をもて自この像を彫刻して修行ありしと。按に此説虚妄なり、大同は平城天皇元年の年號にして淳和天皇の御宇は天長年中なり、況や年代をおすに大同元年は慈覺十三歳の時なれば、かかる勅をうくべきの理なしかたかたうけがたきことなり、されど後に記す所の不動松などありて土地の物ふりたる様、古き道場なることは疑なし。
鐘楼。堂に向ひて左の方にあり九尺四方、鐘の徑り二尺五寸銘文の末に寶暦三年二月と鐫であり。
不動塚。堂後の山上にある小高き塚なり、ここに不動松と云あり、圍み二丈餘、樹根より六七尺ばかり上にて二つに分れ、夫より左右の枝ひろこり其高さいくばくなるや計りがたし、いかにも年ふりたる大松なり、これは大師本尊を彫刻せんとて杉ノ木のありしをきり、其跡へ手づから植しよし、幹の中程にうろあり常に水たたへていかなる久旱にも渇することなく、眼を患るもの願をたてて洗ふこと怠らざれば、遂にいへざることなしと云、此所四方にささゆるものなく、南は神奈川品川の海つら眼下に臨、西は富士大山其餘の諸峰を遥に見渡されて殊に勝れし景地なり、海上往来の者此松をみとめて、通船の便とすと云。
仁王門。山の中腹にあり、三間に二間力士の二像長五尺ばかり、此門の左の方に行人の垢離する所あり石にたたみあ龍の口より落る水ありしが今はかれて出す。
別當眞福寺。天台宗にて荏原郡品川宿常行寺末明王山不動院と號す、開山開基詳ならず中興開山常性は近代の人なり、客殿六間に五間本尊十一面観音を安ず、行基菩薩の作なり、臺座後光ありすべていへば長三尺餘。(新編武蔵風土記稿より)


2025年3月16日
横浜市鶴見区上末吉1-15-10

関連

日本石仏協会見学会 鶴見区北部の石仏
https://sekibutsutanbo.seesaa.net/article/202503article_2.html






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